COLUMN

コラム

2023.07.18
ピアニスト加藤大樹が弾く、幻想小曲集第2曲「飛翔」

第48回パルマ・ドーロ国際ピアノコンクール第1位及びドンツドルフ賞受賞。第17回浜松国際ピアノアカデミーコンクール第1位。第7回東京音楽コンクールにおいて審査員満場一致の第1位及び聴衆賞を受賞。第9回パデレフスキ国際ピアノコンクール第3位及びビドゴシュチ市長特別賞(古典ソナタ最優秀演奏賞)。第5回ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ記念国際ピアノコンクール第3位など数々のコンクールで優勝・入賞の実績をもつ加藤大樹さんをPLAY新丸子にお招きし、併設ホールにて

・シューマン:幻想小曲集 Op. 12より第2曲「飛翔」
・ショパン=リスト:6つのポーランドの歌 S. 480より第5番「私のいとしい人」
・バルトーク:戸外にて Sz. 81より第4曲「夜の音楽」

を演奏していただきました。これらは今後、ピティナのピアノ曲事典に掲載予定です。どうぞお楽しみに。

さて本稿では、ミュンヘンから帰国したばかりの加藤さんに、PLAY シリーズの魅力や音楽への想いについてお話を伺います。


Q
今日はPLAY新丸子のホールで演奏していただきましたが、いかがでしたか?

「PLAY新丸子のホールはサロンホールという感じで親密感のある空間なので、一人で弾くというよりは誰かと弾いたり、お客さまがいらっしゃったりすると楽しいかなと思いました。使い道もいろいろと思いつきますね。学生を終えた今の段階でしたら、生徒さんたちの発表会やイベントに使ったり、トリオやカルテットといったアンサンブルの演奏をしたりするのに程よいサイズだと思いますし、学生さんにとっては、人前で弾く練習に適していると感じました。PLAYシリーズは音大生が多く入居していると思うので、つながりを作ってお互いに弾き合う練習をしたら楽しそうです」

Q
今回は録音ということで、コンサートとはまた違った緊張感があったのではないでしょうか。

「たしかに録音は、普通のコンサートと違って何回も繰り返し聴かれる可能性があるので、別種の緊張感があります。ですが、弾きながらそれを意識してしまうと間違えてしまうので、あえて考えないようにしています(笑)。録音でも演奏会でもコンクールでもそうですが、結局求められているのは、よい意味でまわりの環境に左右されない “集中力” だと思います」

Q
先ほど演奏を拝聴していても、集中力がとても高い方だと感じました。集中力を高める秘訣などはあるのでしょうか。

「先ほどの話に通じるのですが、人前で弾くことを意識しながら練習することです。わたしの場合、舞台に立つときには、普段は目を向けない “自分の弱さ” をさらけ出す感覚があるんです。すると人からどう見られているかとか、どう評価されているかとかいうことが気になり、突然間違いを恐れたり、その結果過度に緊張したりということが起こります。そこで、練習時から本番の特殊な環境を意識するようにしたところ、いざ集中しよう! と思ったときの没入度が変わってきたんです。以前は自分がちゃんと弾けているかどうかということに終始してしまっていたのですが、年齢を重ねていく中でうまく練習できるようになってきていると感じます。もちろん今でもまだまだ苦労する部分ですが…」

ピアニスト加藤大樹
Q
住まいとしての「PLAY新丸子」の感想も教えてください。

「新築の綺麗な建物ですし、周辺に色々なお店もあっていいなと思いました。ここからだと、洗足音大や東京音大などにアクセスがよいので、学生さんが羨ましいです。駅近なのもよいですね。学生のうちはどうしても夜型にならざるを得ない方もいると思うので、24時間いつでも弾けるというのも心強いと思います」

Q
加藤さんが学ばれたミュンヘンではどのような住宅事情だったのでしょうか?

「ミュンヘンは家賃相場がかなり高く、手頃な住居を見つけることがすごく難しいんです。わたしは知人を介して紹介してもらった、一軒家の屋根裏部屋で生活していました。すごく住みやすい場所でしたが、ピアノは置いていなかったので、練習のためには学校や知人のスタジオへ通う必要がありました。そもそもいわゆる防音マンションというのはドイツではあまり見かけないので、ミュンヘンに実家がある人を除いて、ほとんどの学生は自宅に楽器を置いていなかったです」

Q
加藤さんがピアニストをはっきりと志したきっかけはありますか。

「17歳を迎える直前に初めて国際コンクールを受け、手応えを感じたことがきっかけになりました。ジュニアの国際コンクールを一度も受けず、いきなり大人を対象としたコンクールを経験したので、思うところは多かったですね。国際コンクールでしたが、『世界って広いな』というよりもむしろ、『日本って広いんだな』と感じたんです。日本にもすごい人がたくさんいて、まだまだ学びの余地があると気付かされました。海外で学ぶに際しても、友人や家族など周りがとても応援してくれたので、音楽を頑張ることで恩返しになるのなら…と、背中を押されました」

ピアニスト加藤大樹
Q
これまでに挫折を感じたことはないのでしょうか?

「音楽をやめたいと思ったことは何度もあります。理由の一つは、出口が見えないということですね。たとえばコンクールの優勝を目指して頑張ったとしても、なかなか結果には繋がりませんし、仮にコンクールで優勝したとしても、劇的に人生が変わるわけでもありません。よい結果が出せても、家に帰ったらすでに過去のことになっている…そんな感覚に囚われていました」

Q
それでも続けてこられた理由は。

「単純に、音楽が好きなんだと思います。音楽の世界にもいろいろな活躍の仕方がありますから、仮に人から目を向けられなくても、自分が情熱を傾けられることに向き合う人生を送れたらよいんだと、今は思えています」

Q
今後、どのように活躍していきたいとお考えですか?

「指導者としては、私自身も長い学生生活の中で困ったこともたくさんありましたし、これからの若い方々に何か還元できるようなことにぜひ携わりたいです。奏者としては、美術館のキュレーターのように、興味深いプログラムを提供していけるような音楽家でありたいと思っています。こう並べるからこそ新たなものが見えてくるというような仕掛けができたらよいですよね。それから、現代の作曲家たちの作品もたくさん演奏していきたいです。かつてのシェーンベルクのように、時代に対する危機感から作品作りをしている作曲家が現代にもたくさんいるはずなので、その表現者として活動していけたらと思っています」


PLAY シリーズには音大生が多く入居しています。最後に、音大生に向けてメッセージをいただけますか。

「今思うことは、恐らくいつまで経っても『もっと勉強しておけばよかった』という思いを抱き続けるのだろうなということです。ですから、何かちょっとしたきっかけでも、自分が興味をもったものがあれば、それをとことん調べて勉強してみるとよいと思います。それが後々、ご自身の強みになっていくと思いますし、やがて自分の個性として花開いていくことだろうと思います。音楽の世界で生きていくことは大変な道のりですし、音楽だけが人生のすべてではないので、挫折があったとしてもそれを人生の失敗として捉える必要はないと思います。あくまで自分らしく、有意義な学生生活を送ってください」

ピアニスト加藤大樹